デス・オーバチュア
第137話「混沌の尖兵の前戯」



「チビ、てめえが誰だか知らねえか……お呼びじゃねえんだよっ!」
ダルク・ハーケンは自分を踏み潰すかのように天から降ってきた巨大な十字架を回避すると、十字架に乗っていた幼い修道女に飛びかかった。
「ヒャハッ!」
爪が異常に伸び、爪刃と化した左手を突き出す。
幼い修道女……ランチェスタは自分の胸を貫こうと迫ってきた爪刀を右拳を突き上げて、弾いた。
「ヒャッ?」
そして、隙のできたダルク・ハーケンの鳩尾に、左拳を叩き込んで、吹き飛ばす。
「ぐっ、ちっ……」
壁に向かって吹き飛ばされていくダルク・ハーケンは、背後から背中を強打されて、前方に押し戻された。
「吹き飛んでくる方向を考えてね」
左腕だけでタナトスを抱えながら、右手に漆黒の木刀を持った黒い鴉のような少女が呟く。
「て、てめえ……」
「やめておいた方がいい、ただのバウヴ・カハ(戦場の鴉)の一人ネヴァン(毒のある女)ならともかく、彼女は『混沌の尖兵』でもある……電光の覇王と同時に相手できる存在じゃないわ」
反対側の壁に座り込んでいる修道女が聖書に視線を向けたまま口を挟んだ。
「……他人の素性を勝手に暴露するのはあまり感心できないわね、『書を守る者』さん……」
漆黒の鴉……ネヴァンは口元には微笑を浮かべながら、目だけは笑っておらず、鋭く修道女を睨みつけている。
「これは失礼、青雷の魔大公への忠告のつもりだったんだけど……」
「てめえらっ! ゴチャゴチャうるせぇっ! まとめてぶち殺してやろうか! ああん!?」
ダルク・ハーケンは怒りをぶつけるように、ギターを掻き鳴らした。
「うふふっ、それこそやめておくのね。私はここに居る誰よりも強いわよ」
修道女は自惚れでもなんでもなく、ただ事実を告げるように言い切る。
「あん?」
修道女が聖書を読んだまま、右手だけでダルク・ハーケンを指差したかと思うと、ダルク・ハーケンの右肩が突然十字に切り裂かれた。
「がああああっ!?」
「その気なら、今ので、あなたの全身を十字に切り裂くこともできた……大人しく私を楽しませる殺し合いを電光の覇王と演じてね」
「て、てめえ……ぶっ殺す……」
ダルク・ハーケンの右肩は湯気のような煙を出しながら、物凄い速さで、深い十字傷を修復させていく。
「てわけで、ランチェスタちゃん、お久しぶり〜」
修道女はダルク・ハーケンに凄んでいた時とは同一人物とは思えないほど、ミーハーな態度で、ランチェスタに手を振っていた。
「…………」
「血の臭いだけで、この場所を嗅ぎつけるなんて、もはやそれはタナトスちゃんへの愛ね! 純愛! 激愛! ラヴラヴパワ〜?」
「…………」
修道女はランチェスタに予めこの場所、タナトスの居る場所を教えておいたわけではなかった、ランチェスタはあくまで自力でここまでやってきたのである。
ランチェスタは、タナトスの仄かな、甘くとろけるような血の香り(ランチェスタにとっては)に惹かれるように……本能だけでこの場に辿り着いたのだった。。
「…………」
「ん? ええ、この前言ったことは本当よ。教えたとおりにすれば、あなたは真の電光の覇王として復活できるわ」
修道女はなぜか、無言で視線だけを向けてくるランチェスタと意志疎通が出来ているようである。
「何をごちゃごちゃと……」
「あ、保護者のママ(養母)さん、ちょっと彼を止めていて……貰えないかな?」
「……了承するわ。あなたが何をするつもりなのかは……すでに視た未来……我が予言を違えぬために、少しだけ手を貸そう……」
「だから、てめえら何を勝手な……なああっ!?」
突然、銃声のような連続音と共に、無数の漆黒の木刀がダルク・ハーケンの体に打ち込まれた。
「少しだけ遊んであげるわ、悪魔さん」
ネヴァンの周囲に無数の黒羽が舞い散る。
「ちっ、なんだこいつは……木刀……いや、金属?……宝石かっ?」
漆黒の木刀達はよく見ると、黒曜石のようなシックな輝きを放っていた。
「お願いだから、あたしごときに倒されるなんて、つまらない未来に運命を書き換えないでよね」
ネヴァンの周囲の黒羽の一枚一枚が漆黒の木刀に変じると、弾丸のように撃ちだされていく。
「ちっ! ざけんなっ!」
ダルク・ハーケンはギターを振り回し、降りかかる漆黒の輝きの弾丸達を叩き落とし続けた。
「流石ね……でも、いつまで受けきれるのかしら?」
黒煌(こくこう)の弾幕はその激しさを再現なく増していく。
ネヴァンはその場から一歩も動くことも、指一本動かすことすらなく、ダルク・ハーケンを追いつめていった。
「あれが混沌の力の片鱗ね……じゃあ、今のうちにチャッチャッと済ませちゃいましょう、ランチェスタちゃん〜。保護者の許可も出たみたいだしね〜」
修道女は聖書を閉じると、一瞬で、ネヴァンの隣に寝かされているタナトスの所に移動する。
不自然きわまりない移動、一秒前まで反対側の壁に座り込んで読書していたはずの修道女が、今は反対側の壁でタナトスを抱き抱えていた。
「…………」
ネヴァンはダルク・ハーケンに対して黒煌の弾丸の掃射を続けながら、一瞬だけ修道女を横目で視る。
今の移動だけ見ても、やはり、得体の知れない、油断のならない女だ。
そんな女に一時的とはいえ、タナトスを任せて本当に良かったのだろうか?
「いつまでも、調子くれてるんじゃねえっ!」
ダルク・ハーケンは全身から爆発するように青い電撃を放出して、襲い来る黒煌の弾丸を一瞬だけ全て弾き飛ばした。
そして、その一瞬を逃さず、黒煌の弾丸の射線上から脱出し、ギターから電撃をネヴァンに向かって連続で撃ちだした。
「やるわね」
ネヴァンは避けようともせず、電撃を全て体で受け止める。
しかし、ネヴァンには欠片もダメージがないようだった。
「混沌であるあたしには雷は……いいえ、火、水、風、光、闇、魔、全ての七霊が無意味よ。だって、全てはあたしの中に内包されているものだから……」
「あん!? なんだそりゃっ!?」
「言葉通りよ」
ネヴァンの右掌から無数の小さな光の粒が流れ出す。
「なんだか解らねえが、電撃を感じない不感症だって言うなら、直接殴りつけるまでだぜっ!」
ダルク・ハーケンは瞬時に間合いを詰めると、ギターを大斧のように叩きつけた。
「…………」
ギターの直撃を受けたネヴァンの体がガラスのように脆く派手に砕け散る。
「あんっ!?」
ガラスのようにではなく、砕け散ったのは本当に、無数のガラス……鏡の破片だった。
「教えてあげる。混沌の尖兵ではなく、ただのネヴァンとしてのあたしの能力は『毒』と『水晶』よ」
「がああっ!?」
ダルク・ハーケンが突然、巨大な水晶の棺の中に閉じ込められる。
その様は、ルーファスによって宝石の中に封じ込められたマハとそっくりだった。
「鏡、水晶、宝石……鴉は光り物が好きなものよ」
『ぐっ、があああ、ああああっ……』
「無駄よ、その水晶は絶対に内側からは砕けない。そして、水晶は封じた者の力を吸い尽くして輝き増す……電気の悪魔であるあなたなら、さぞ綺麗な電気石(トルマリン)に成るでしょうね……」
『があああああああああああああああああっ!』
「水晶ごと砕いてトドメを刺してもいいけど……あたしの役目はあくまで足止め……そのまま大人しくしていなさい』
ネヴァンはダルク・ハーケンに背中を向けて、歩き出す。
「ああああ……な……なめるんじゃねええええっ!」
青い閃光の放出と共に、内側から決して砕けぬはずの水晶に亀裂が走った。
「……嘘?」
亀裂が水晶全体に拡がっていく。
「あああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」
ダルク・ハーケンの絶叫と共に、水晶が内側から爆発するように砕け散った。



「いくら混沌の尖兵でもそう長く足止めできるとは思えない……最強の悪魔であるダルク・ハーケンなら、例えこの世界全ての混沌だろうと打ち砕く……というわけで、さっさとやっちゃいましょうね〜、ブチューっとね! GO! GO!」
修道女がミーハーな調子で急かす。
「…………」
ランチェスタは、何とも言い難そうな、どこか白けた眼差しを修道女に向けた後、床に寝かせているタナトスに視線を戻した。
「あなたの封印を解けるのは、天地開闢の光か、聖なる乙女……即ち神属の処女でしかありえない。つまり、タナトスちゃんをあなたの贄にすればいいのよ〜」
「…………」
ランチェスタはタナトスの上に馬乗りになると、自らの唇をタナトスの唇にゆっくりと近づけていく。
「まあ、古今東西、お姫様の呪いを解くのは、王子様の接吻と相場が決まっているしね……お姫様の方から接吻をねだる……王子様を押し倒して無理矢理ってのは……ちょっと珍しいけどね」
紫がかった白髪の幼いお姫様の唇が、眠り続ける漆黒の髪の王子様の唇と重なった。



凄まじい轟雷が天から落ち、ランチェスタに直撃した。
遙か彼方の天からの矢継ぎ早な落雷が、次々に天井を吹き飛ばしていく。
「おっと……危ないっと」
聖書を持った修道女は人間離れした動きで、落雷をかわし続けていた。
室内を埋め尽くすような無数の落雷は、ある一点に向かって集束していく。
雷は集い、巨大な雷の柱と化すと、自然の法則に逆らうように、下から上に放出され天を穿った。
「美しく強すぎたがゆえに封印されし……可憐な一輪の華! 電光の覇王ランチェスタ! 今ここに大復活!!」
雷柱が消え去ると、そこには修道服とチャイナドレスと鉄の枷と鎖の混ざったような奇妙な衣装の十三歳ぐらいの少女が姿を現す。
「……ていっても、開放率は60〜80%ってところよね。完全に嘆きの十字架との繋がりが切れたわけじゃないのね……」
ランチェスタの体中から激しい放電現状が繰り返されていた。
「でも、さっきまでが10%、魔界でセリュール・ルーツと戦った時が40%ぐらいと考えると……かなりいい感じじゃないかしら?」
放電しながら宙に浮かぶランチェスタの足下に居た修道女が呟く。
「まあそうね、体もベスト年齢になったみたいだし……」
八〜十歳ぐらいだった体が十三歳、セルと戦った時と同じぐらいの肉体に成長していた。
「認めたくないけど、馴染んじゃったみたいね、このサイズが……」
ランチェスタは少し複雑そうな表情を浮かべる。
一番最初のランチェスタの肉体(外見)年齢は、タナトスやクロスと同じ歳か、少し年上ぐらいだった。
しかし、長い間『幼女』をやっていた間に、この体のサイズの方が動かし易く、力をコントロールしやすくなってしまったのである。
「まあいいわ……来い、嘆きの十字架!」
床に突き刺さっていた巨大な白銀の十字架が独りでに浮かび上がると、ランチェスタの右手に吸い込まれるように握られた。
「今の状態なら嘆きの十字架は戒めではなく、寧ろ失った以上の力をわたしに与えてくれる最強の武器! 力の半身! 最高の相棒!」
嘆きの十字架には数千、数万、数億?……気の遠くなる長い年月の間にランチェスタのエナジーが少しずつ封じ込められ、大量に蓄積されている。
嘆きの十字架に蓄えられたエナジーを合わせることによって、ランチェスタは最盛(全盛)期以上のエナジーを発揮することができるのだ。
「80(現在の使用可能な全エナジー)+50(十字架に貯蓄された全盛期の半分近いエナジー)ってところかしらね、単純計算だと。100%解放されて十字架を失うよりも強い計算になる……まあ、実際はそんな単純じゃないだろうけど……」
正確なエナジー量はちゃんと量らなければ解らない。
だが、十字架を失っての100%の復活時より、今のランチェスタの方が強いであろうことは、修道女は確信していた。
「なぜなら、嘆きの十字架とはただの封印具ではなく、雷をエネルギー源にして真価を発揮する最強の武器にもなるのだから……」
嘆きの十字架は、ランチェスタ以外の存在には、ただの非常識に重い十字架に過ぎないが、ランチェスタが持った時だけ、最強の打撃武器にも、最強の大砲にもなるのである。
自らの自由を奪う最悪の宿敵(封印)でありながら、自らの力を何倍にも高めてくれる最高の相棒(武器)でもある……それがランチェスタにとっての嘆きの十字架だった。
「そこのシスターのおばさん、いろいろと解説ありがとう。でも、危ないからちょっと離れててね」
「おば……せめて、解説好きな綺麗なお姉さんって言って欲しいわ〜」
修道女の姿がランチェスタの足下から、反対側の壁際まで一瞬で移動する。
「ごめんごめん、得体の知れないシスターのお姉ちゃん、復活の方法を教えてくれてありごとう……とお礼はちゃんと言っておくわ」
ランチェスタは少し意地悪に、それでいて無邪気に笑いながら言った。
「いえいえ、どういたしまして……私はあなたがその強さで、楽しいバトルを見せてさえくれればそれだけで満足よ〜」
「そう、じゃあ、その目に焼き付けるといいわ……電光の覇王の強さをねっ!」
ランチェスタは一際激しく、爆発するように放電したかと思うと、一瞬でダルク・ハーケンの目の前に移動し、彼を殴り飛ばす。
「がああああっ!?」
ダルク・ハーケンは空中で回転し、なんとか足下から床に着地した。
「てめえ、不意打ちかよ……それに順番を守れよな、オレ様は先に、この鴉女を殺りたいんだよ!」
ダルク・ハーケンは口元の血を拭いながら、ランチェスタとネヴァンを交互に睨みつける。
「あら、そう? ごめんなさいね……じゃあ、あなたも鴉も……ここに居る者を全員纏めて倒せば文句ないわね?」
「ああっ!? なんでそうなるんだ、馬鹿か、てめえはっ!?」
「あなたもさっき似たようなこと言ってたわよ……じゃあ、ここは役目が終わった、あたしが退くから……雷の化け物の同士、好きなだけ殺り合いなさい」
ネヴァンの周囲を無数の黒羽が舞い散りだしたかと思うと、彼女の姿は羽吹雪の中に溶け込むように消失した。
「流石、混沌の尖兵、退き際も見事ね〜」
修道女は、タナトスが寝かされていたはずの、今は誰も居ない空間を見つめながら呟く。
ネヴァンが退場すると同時に、タナトスの姿も消えたのだ。
タナトスを見つめていた修道女の目の前で手品のように鮮やかに……。
「ちっ! 解ったよ、てめえを最初にぶち殺してやればいんだろう! ああん!」
「そういうことよ。人間みたいに、戦う理由とか、必然性とか言い出さないわよね、電気(作り物の雷)の悪魔さん?」
「はっ! たりめえだ! オレ様の邪魔をした、オレ様を殴った、なんとなくてめえは気に食わねぇ!……これだけあれば殺す理由は充分すぎてお釣りが来るぜっ!」
「あははははっ! 良いわ良いわよ! そういうシンプルなの、大好きよ! 案外、気が合いそうね、わたし達!」
「けっ、笑えねえ、冗談だ。最後に名乗りな、気が向いたら覚えていてやるよ、オレをここまでムカつかせた女としてな!」
「あら、さっきの名乗りを聞いてなかったの? いいわ、よく聞きなさい。我が名はランチェスタ! 魔王すら越えた究極の超魔族! 電光の覇王ランチェスタ! それがあなたに神罰を! あなたを地獄に叩き落とす者の名よっ!」
「はっ! てめえこそ覚えておけ、オレ様はダルク・ハーケン! 地獄なんかよりもっと深く昏い地の底、奈落から来た悪魔の中の悪魔だ! オレがてめえを神様の居ない天国へ逝かせてやるぜっ! ヒャハハハハハハハハハッ!」
「堕獄しろ、下等な悪魔!」
「逝ってよしだぜ、クソ幼女!」
ランチェスタとダルク・ハーケンは全く同時に相手に殴りかかった。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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